「こんな美術館があったらいいな」からはじまるミュージアム・アクセス:ねりまフォーラム実行員会×障がい児・者の学びを保障する会×みんミの協働
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2025.03.25(火)
みんなでミュージアム(以下、みんミ)では、ミュージアムのアクセシビリティに関する相談窓口を設置しています。「もっと障害のある人に展示を楽しんでほしい!」というミュージアム関係者や、「ミュージアムに行ってみたい!けど、不安がある」というミュージアムに行きたい人など多様な人たちの相談を受けています。
今回、その相談のひとつとして、「みる・よむ・体験する」ねりまフォーラム実行委員会(以下、ねりまフォーラム実行委員会)からお声がけいただきました。ねりまフォーラム実行委員会は、練馬区内の美術館・図書館・子育て支援・若者就労支援NPOなどが連携し、地域の文化施設と多様な人々をつなぐ取り組みを行っている団体です。近年はアクセシビリティの向上にも力を入れており、今回は中核館であるちひろ美術館・東京からの相談をきっかけに、協働が実現しました。
相談内容のヒアリングを重ねる中で、特に知的障害・発達障害・精神障害のある人々にとっての文化施設を、より身近で親しみやすい場所にしたいという思いが共有され、企画がスタートしました。
1. NPO法人 障がい児・者の学びを保障する会と連携
本企画を進めるにあたり、みんミでは、ミュージアムと障害者福祉施設をつなぐことの重要性にも注目し、練馬区で活動するNPO法人 障がい児・者の学びを保障する会(以下、学びの会)の代表・大森梓(おおもり・あずさ)さんにご協力をお願いしました。大森さんには、連携パートナーとして企画の立案から実施までご一緒いただきました。
NPO法人 障がい児・者の学びを保障する会
障害のある人の生涯学習・余暇支援に関する事業等を通じて、多様な「学び」の機会を創出し、共に豊かに生きていくための地域社会づくりに寄与することを目的とするNPO法人。2015年に任意団体「ままのがっこ」として発足し、障害のある子どもの保護者を対象とした学習会や研究発表を実施。2017年にNPO法人化し、練馬区の支援事業や地域おこしプロジェクトに継続して取り組む。文部科学省の実践研究事業を複数受託し、障害福祉サービス事業「学びの場 MoreTimeねりま」や「3B!!!s」を開所。。
大森梓さん
メンバーからは「あずさん」の愛称で親しまれています大森さん。MoreTimeねりまや3B!!!sのメンバーにとって、まるで第二のお母さんのような存在。日々さまざまな企画をメンバーと一緒に考え、積極的に実施しています。
2. みえてきたこと・これから大切にしたいこと
企画を考える前段階として、ねりまフォーラム実行委員会や学びの会の大森さんと対話を重ねるなかで、美術館をもっと多くの人にとって心地よい場所にしていくために、いくつかの大切な視点が見えてきました。
● 障害理解の「具体化」が必要
ねりまフォーラム関係者との話し合いでは、発達・精神・知的障害のある人々について、理解の土台はあるものの、そのイメージがまだ曖昧であることがわかりました。結果として、「どんな配慮が必要なのか」「どう接したらよいのか」への不安が、具体的な対応や企画設計のハードルになっていることが見受けられました。 だからこそ、当事者と実際に出会い、対話や共同作業を通じて、リアルな人間像を共有していくことが必要だとみんミでは感じました。
● 心のバリアにも目を向ける
美術館を訪れる障害当事者にとって、「騒いではいけない」「静かにしなければならない」といった社会的な期待や暗黙のルールが、心理的なプレッシャーやハードルになっていることも浮かび上がりました。 バリアフリーは物理的なものだけではありません。本人が感じる「過ごしづらさ」や「居場所のなさ」といった心のバリアにも、丁寧に向き合う必要があります。
● 美術館体験の「きっかけ」が不足している?
障害のある人やその家族・支援者にとって、美術館はまだまだ身近な場所とは言いがたいのが現状。教育の現場では、芸術体験の機会が進路や就労準備の教育に比べて少なく、美術館の楽しみ方を知らないまま大人になる人も多くいるとのこと。 だからこそ、「こんなふうに過ごしてもいいんだ」「こんな楽しみ方ができるんだ」と実感できるような、美術館との自然な出会い方が求められています。
こうした気づきをふまえて、今回のプログラムでは次の3つのことを大切にしました。
出会いと交流を通じた、具体的でリアルな障害理解の促進
ともに過ごし、対話を重ねる中で、「障害のある人ってこういう人かもしれない」というイメージを超え、具体的な接し方などのヒントを見つけていく。
美術館を、日常の延長にある「リラックスできる場所」にする
特別なイベントではなく、「ふだんの生活の中で行ってみようかな」と思えるような、美術館との自然な関係性をつくる。
物理的・心理的な障壁に向き合い、乗り越える工夫をともに探る
「どんな工夫があると来やすいか」「どうしたら楽しめるか」を参加者とともに考え、文化施設のあり方に新しい視点を加えていく。
ここから、2つの連続するプログラムを企画していきました。
3. 実践したこと
3-1. おしゃべり会
まずは、ねりまフォーラム実行員会の担当者と、MoreTimeねりま・3B!!!sのメンバーによる「おしゃべり会」を開催しました。会場は、メンバーにとって慣れ親しんだ「学びの会」。リラックスした雰囲気の中で、ねりまフォーラムの方々にメンバーのことを知ってもらう時間をつくりました。
最初に大森さんから、「こんちゃんの美術部」をはじめとする美術のi-LDK 部活や、春日町図書館 図書館利用者懇談会に参加したこと、地域との交流など、MoreTimeねりま・3B!!!sのメンバーによる学びの会の活動について、メンバーと一緒にご紹介いただきました。その後は2グループに分かれて「美術館について思うこと」「こんな美術館があったらいいな」をテーマに話し合いました。
出てきた意見(一部):
「美術館について思うこと」
・美術館って、静かにしないといけない場所。
・混雑していると落ち着かない。
・声を出すのがむずかしいから、作品のことを知るのがたいへん。
・行ったことがなくて、あまり興味がわかない。
「こんな美術館があったらいいな!」
・車椅子でも行きやすい美術館。
・好きなものが展示されていたら、行ってみたい。
・実際に制作できる創作スペースがあるといい。
・入館料が無料やお手頃価格だとうれしい。
参加者の言葉から、「美術館=静かで、特別な場所」というイメージが、来館へのハードルになっていることが見えてきました。また、「どんな体験ができるか」を事前に知ることが安心につながるという気づきもありました。
そこで、次のステップとして企画したのが、「ワークショップ『美術館を楽しむ一日』」です。
3-2. はじめまして、ちひろ美術館・東京です!〜絵本の読み聞かせとアートカードゲーム
本番のワークショップに向けて、ちひろ美術館を紹介する時間を設けました。会場は、再び学びの会。この企画の目的は、メンバーがワークショップに安心して参加してもらい、そして少しでも楽しみに感じられるようにすること。そのために、美術館について事前に知ってもらう機会として位置づけました。
美術館紹介のながれ:
- 美術館紹介
駅からのルートを早回し動画で見たり、美術館の中での過ごし方やルール(触れてよいもの・触れてはいけないもの、飲食の可否など)を写真と記号でわかりやすく共有。「静かにしないといけない」「どう振る舞えばよいかわからない」といった不安を、少しでも和らげる工夫を行いました。
ちひろ美術館を紹介している様子
ちひろ美術館・東京のスタッフと大森さんが一緒につくったスライド(一部)
- 絵本の読み聞かせ
続いて、ちひろ美術館・東京で開催されていた展覧会に登場する絵本『となりにきたこ』(いわさきちひろ・文、武市八十雄・案、至光社、1971年刊)と『ひとりひとり』(詩・谷川俊太郎 講談社、2020年刊)の読み聞かせを行い、ちひろの作品世界にふれてもらいました。柔らかく、静かな言葉といわさきちひろの絵に、じっと耳を傾ける姿も見られました。
- アートカードゲーム
ちひろ美術館が制作した「ちひろ美術館所蔵品カード」を使ったゲーム形式のワークを行い、絵をじっくり見て気づきを共有したり、「好き」「気になる」と感じた絵を選ぶなど、自由に楽しむ時間を持ちました。ちひろ美術館所蔵品カード(一部)
3-3. ワークショップ「美術館を楽しむ一日」
休館日のちひろ美術館・東京にメンバーを招待し、「いわさきちひろ ぼつご50ねん こどものみなさまへ みんな なかまよ」展を楽しみながら、美術館を身近に感じてもらえるような時間をつくりました。
ワークショップのながれ:
- 受付・スケジュール紹介
名前シールを貼って、荷物を預け、当日の流れを確認。まずはリラックスしたスタートから。 - 思い思いに美術館を楽しむ時間
・展示室で絵をみる(展示室1・2・3)
・絵をかくコーナー
・絵本の読み聞かせ(図書室)
・ちひろの庭や子どもの部屋、カフェでまったり過ごす
・ミッションゲーム(美術館をめぐるミッションにチャレンジ)
ちひろ美術館・東京が作成したミッションカード。まずは1枚のカードを渡し、全てコンプリートしたら、おかわりでもう1枚をわたしました。すべてコンプリートしたメンバーには、学びの会から素敵なプレゼントが! ミッションカードを手に、作品を見ている様子の写真 作品を見たあとや見る前に、絵をかくコーナーで創作活動をする様子。 - 感想シェアタイム
最後に、図書室に集まって感想を共有。「楽しかった」「むずかしかった」など、自由な声を集め、次につながるヒントに。
ワークショップでは、自由に活動する時間や場所をたくさん用意したことで、メンバーのみなさんがのびのびと楽しんでいる様子が見られました。 いろいろな選択肢(鑑賞、創作、読み聞かせ、ゲームなど)が、それぞれの楽しみ方を支えてくれたように思います。また、ちひろ美術館スタッフとメンバーが自然にお喋りしている姿も印象的。スタッフが自然に声をかけたり、一緒に体験したりすることで、美術館の中にあたたかいコミュニケーションが生まれていました。
後日、参加したメンバーのひとりが再来館したという嬉しい出来事もあり、美術館との距離がぐっと縮まったことを感じています。また、日常をともに過ごす学びの会のスタッフからは「ひとりひとりを見ていると、あの場が、安心して自分を出せる場所になっていたのだと感じる。」「普段とは違う姿を見せてもらえたことに、スタッフも感動したし、意外な一面を見せてもらえた」という声も寄せられました。
4. おわりに
ちひろ美術館・東京からのご相談を受け、学びの会とともに進めてきた本プログラム。おしゃべり会からワークショップへと展開する中で、「美術館はこうあるべき」という固定観念を少しずつ手放しながら、自由で心地よい美術館のあり方を模索してきました。
今回の企画づくりを進めるなかで特に印象的だったのは、学びの会・大森さんの次のような言葉です。
・美術館として、障害のあるメンバーが来た時にどういうふうに過ごせるか、感じるか、楽しめるかを、どんな可能性があるかを、まず知ることが大事。」
・『楽しかったね』で終わらせるのではなく、楽しめなかった人がいたとしたら、その声にも耳を傾けてほしい。」
・彼ら抜きにルールが決まっている社会の中で彼らの行動変容を期待するのではなく、彼らの行動から我々がどう考えられるか。」
この言葉は、美術館の願いである「楽しんでもらいたい」という思いに共感しつつも、その「楽しむ」ことへのアプローチが人によってまったく異なるという現実を、改めて示してくれました。たとえば、「鑑賞が目的になじまない人」や「そもそも「ちひろ美術館」に興味が湧かない人」もいるかもしれません。そうした多様な反応に触れながら、無理に何かを引き出そうとせず、「その人のありのままの過ごし方」をまず受け止めることが、ミュージアムに求められる第一歩ではないか、という視点が共有されました。
企画検討を通じて、私たちは「美術館がどう提供するか」だけでなく、「来た人の反応から、美術館が何を学び取るか」という視点の転換の必要性に気づかされました。
障害のある人たちにとって美術館が「日常の延長線上にある場所」となるためには、美術館側がその人たちのまなざしに立ち、過ごし方の可能性を柔らかくひらいていくことが欠かせない、ということに気付かせてくれた協働となりました。
テキスト執筆:鹿島萌子(みんなでミュージアム事務局)