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目次:活動の記録

ヒアリング調査レポート4[障害当事者編] 石川絵理/伊東俊祐

  • 調査レポート

2023.02.28(火)

石川絵理さんと伊東俊祐さんは、聴覚に障害のある当事者として、ともに文化芸術のアクセシビリティに関わっています。さまざまな現場で情報保障やアクセシビリティを実践してきた石川絵理さんと、研究者として国内外のミュージアムをリサーチしてきた伊東俊祐さんに、鑑賞についての課題や「みんミ」の構想について、伺いました。

プロフィール

石川絵理(いしかわ・えり)
聴覚に障害のある当事者が中心となり、演劇を中心に手話通訳等のアクセシビリティに取り組む団体、NPO法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(略称:TA-net(ターネット))の事務局長。対話の森(https://taiwanomori.dialogue.or.jp/)のスタッフとしても活動している。

伊東俊祐(いとう・しゅんすけ)
國學院大學大学院博士課程後期単位修得後退学。独立行政法人国立美術館国立アートリサーチセンター(仮称)設置準備室のラーニング部門で、美術館のアクセシビリティを担当。博物館学や障害者の生涯学習・文化芸術の研究を行うほか、耳が聞こえない立場から、国内外のミュージアムのアクセシビリティ実践についてリサーチしている。

A 美術鑑賞で困っていることや、展覧会の情報収集の方法を教えてください。また困っていることをどのように解決していますか。


―展覧会を鑑賞する際に、これまでに困った経験があれば教えてください。

石川:私は普段から美術館へよく行きます。音声ガイドが用意されている展覧会では、音声ガイドの原稿(スクリプト)も貸し出している場合があります。ただ、そもそも音声ガイドが用意されていないことや、数に限りがあって借りられなかったことがありました。貸し出しの状況がわかる表示があるといいなと思います。講演会などのトークイベントや映像作品に、情報保障や字幕がないことがまだ多く残念です。最近は音声認識アプリもありますので自分のスマホなどで利用することもありますが、同音異義語や固有名詞はうまく変換されないため、正確な字幕や手話通訳がついているといいなと感じています。それから展覧会では作品の前に行列ができているような混雑時に、前に人がいて作品が見えなかったりすると、「すみません」など簡単な言葉掛けでも手話で伝えるのが難しいと諦めてしまうことが多いです。

伊東:私も映像作品に字幕がついていない場合は、見ても意味がないので諦めてしまいます。たまに、英語の字幕しかついていないときもありますね。それから、音を使った作品は、音が出ていることに気づかず、素通りしてしまうこともあると思います。ミュージアムの受付では、自分の発音が不明瞭だったためか外国人に間違われ、外国語のパンフレットを渡されたことも何回かありました。繰り返し「日本人です」というのも面倒なので、そのまま受け取ってしまうこともあります。
展覧会の鑑賞ツアーにもよく参加しますが、最近は手話通訳付きのツアーなどがあってありがたいですね。地方のミュージアムでは、まだ情報保障が用意できない場合もあるので、都市と地方の格差を実感することもあります。もちろん、ミュージアムにお願いすると対応してくれることもありますが、その必要性がまだまだ認識されている段階ではないのでなかなかお願いしづらいところはあります。友人からきいた話ですが、情報保障にノートテイクを依頼したところ、手話通訳は準備できても「ノートテイクは難しい」といわれたことがあったようで、情報保障の種類もまだまだ認知されていないのかもしれません。また、展覧会の解説パネルに関しては、発音が分からない、聞こえない関係で漢字が読めないこともあるのでルビをふってほしいですね

―困ったとき、どのように解決されていますか。また改善点などを見つけた場合、提案されていますか。

石川:美術館のスタッフに知人がいる場合、トークイベントなどは「UDトークをつけたらどうですか」と提案することもできますが、なかなか伝えづらいことだと思います。すでに情報保障に取り組んでいるところで、改善をお願いしたい場合も「せっかく対応してくれているから」という思いもあったりして、なかなか言い出しにくいですね。

伊東:ミュージアム側がどこまでフォローしてくださるのか不安なことも相まって、直接お願いしづらいときもあるので、そのときは友人に手話通訳やノートテイクをしてもらったりしています。ミュージアム側とは筆談やUDトークなどを使ってコミュニケーションをとることもありますが、たとえば音を使った作品や、字幕がない映像作品については、こちらからはお願いしづらいですね。その一方で、よく行くミュージアムなど、スタッフとの関係性ができていると伝えやすく、対応してもらえることが増えました。

―こうであったらいいな、という理想はありますか。

石川:たとえばノートテイク、字幕、手話など、自分の希望に合ったコミュニケーション方法で利用や鑑賞ができるといいですよね。音声と光を連動させて絵を鑑賞する企画がありましたが、音声と絵がリンクしていないと感じる場面もあり、楽しみ方がわかりませんでした。また、映像に音声があるのが一般的だと思うのですが、音声をつけていない映像作品の場合、音声がないことについての記載がないことも多いです。作者と展示担当者、そして障害福祉等について専門知識を持った人が、さまざまな鑑賞者のことを考えて展示のコーディネートをする必要性は感じます。

伊東:「理想の鑑賞」が自分自身もはっきりしていないので漠然としたイメージになりますが、石川さんのおっしゃるとおりで、「アクセシビリティ(アクセスのしやすさ)」という前提が整っていると、ニーズが異なる人にとってもより鑑賞がしやすくなり、ミュージアムにも行きやすくなります。1990年代からバリアフリーやユニバーサルミュージアムに取り組むミュージアムも少しずつ増えましたが、展示室のすべての作品にアクセスできる、さらにそこから先にあるすべての知的資源に辿り着けるというのが理想だと思います。これは究極論かもしれませんが、特定の作品だけのアクセスを保障するのではなく、あらゆるモノにアクセスできる状態を確保するためのプロセスを続けていくことが、アクセシビリティを進めていくうえでの基本ではないでしょうか。

B 「みんなでミュージアム」の取り組みについて、ご意見をお聞かせください。


―お話を伺っていて、ミュージアムと対話をしていくことの必要性を感じます。「ミュージアム・アクセス・パートナー(以下、パートナー)」や「ミュージアム・アクセス・コーディネーター(以下、コーディネーター)」などの構想について、どのように思われますか。

石川:私自身、TA-netの活動をしていて感じますが、ミュージアムの情報保障といったニッチなニーズだと、それを仕事にしたい人はまだまだ少ないと思います。そういった人たちが、たとえば各自治体や各館に一人ずついたとして、そういう方々をつなぐ中間支援組織は必要だと思います。そうした仕事をつくるとき、大切なのは労働への対価だと思います。その部分は、一般の手話通訳でも難しい現状もありますが、知識や技術をアップするためには学びが必要ですし、その学びも仕事の一部として必要なこと。労働や学びのアップデートに見合う対価がないと生活が続きません。

伊東:アクセシビリティについては欧米が最も進んでいますが、公的な機関がほとんどで民間レベルの事例はあまり聞かなかったので、今回の構想は斬新な取り組みだと感じています。日本はどちらかというと前例主義を重視するきらいがあり、そういう意味でも民間レベルでの多様な事例や実践があることで、公的な予算も確保しやすくなるのではないでしょうか。
その一方で、欧米のミュージアムの場合、障害の種別に対応したアクセシビリティがあります。たとえば、ニューヨークのメトロポリタン美術館は、日本とは比較できないほど幅広く整備されています。これは、30~40年間の積み重ねがあってこそ実現できることでもあり、すぐに真似できることではありません。とりわけ、アクセシビリティを進めていくうえでは、人材、予算など多くの要素が必要になりますが、どこまでフォローするのか、できるのか、この辺りが大きな課題になるのではないかと思います。

―今後、プロフェッショナルな仕事になればと考えています。パートナーやコーディネーターの仕事は、社会全体としてどのように人材の育成や資金集めをするか大きなテーマです。「みんなでミュージアム」(以下、みんミ)では「ミュージアム・アクセス・インフォメーション」の仕組みづくりも目指していますが、こちらについていかがでしょうか。

石川:情報をまとめたウェブサイトはあるといいなと思います。TA-netでは情報保障や観劇サポートのあるイベントをまとめています(https://ta-net.org/event/)。TA-netは「できるところから少しずつ」という方針なので、例えばメールができる、FAXで問い合わせられるといったささやかなことでも載せているので、自分の欲しい情報がまだ少ない可能性はありますが、こういった情報を提供することで、聞こえない人が少しずつ劇場に行くようになり、集客につながるため、劇場側のモチベーションもあがっていきます。聞こえない人が、まずは興味を持ってミュージアムへ足を運ぶためにも、ぜひ「できるところから少しずつ」という姿勢で情報提供を始めてほしいですね。

伊東:現状としては、主に都内を中心にアクセス・プログラムの事例が増えてきた印象を持ちます。そうしたとき、どのミュージアムで、どのようなプログラムを実施しているのか、という情報に辿り着かないことが増えてくるようになってきました。気がついたらもう終わっていたという感じで、よほど関心を持っている人でも根気よくSNSなどで情報収集していくしかないという現状です。そういう意味でも、現状のアクセシビリティ情報が一元化されていると便利だと思います。聞こえない人も含め、普段から行かない人、行きづらい人々にとって、ミュージアムはあまり馴染みがない場所でもあるので、まずは実際に足を運ぶにあたってのハードルが緩和されていくと、なお行きやすくなるのではないでしょうか。
他方で、アクセシビリティといっても種類が豊富です。どういった方法や事例が、個々人のニーズに合うのか、十分に調べつくされているわけではないので、その根拠となる調査研究を進めていく必要もあるでしょう。

―海外のミュージアムなど、アクセシビリティの参考になる事例はありますか。

伊東:欧米での事例が一番参考になりますが、欧米は1980年代からの堅実な積み重ねがあってこその事例なので、日本でも導入可能かどうかを考えるとハードルの高さを感じますが、私の研究対象のひとつである台湾は、国の政策として文化権を保障するための取り組みが目指されており、アジアの中では、韓国やシンガポールとともに文化的なアクセシビリティが進んでいるといわれています。台湾の文化政策を担当する行政機関が国立文化施設のアクセシビリティ情報をまとめて発信しているウェブサイト(https://accessibility.moc.gov.tw/)がありますので、そちらも参考になるのではないでしょうか。このサイトは、サービスや教育普及などそれぞれのテーマに沿った項目をつくっており、欧米には見られない独自の取り組みとなっています。このようなアジアでの取り組みは、日本とは地理的、文化的にも近いという意味で、ある程度参考になるのではないかと思います。

石川:なぜ台湾ではそんなに進んでいるのでしょうか。

伊東:台湾は多民族国家としての土壌があるので、マイノリティにアプローチした政策が行われています。もともとは台湾原住民族の権利擁護から派生し、女性や障害者、LGBTQI+など、多様な人々の権利を保障するための法律を制定したり、さまざまな政策を進めています。それに伴う文化政策の一環として、国立や地方のミュージアムなどでも多様な背景を持った人々にアプローチした取り組みが広がっているようです。

石川:今回の「みんミ」の構想をきいて、日本もやっとここまで来たという思いです。この分野で研究している専門家や、博物館や美術館を繋げられる人が必要だと思っています。「みんミ」では、そうした人たちが活躍できるよう、繋げる役割が期待されますね。
今は、制度や情報、コミュニティが障害種別ごとに分かれていますが、足が悪くて車椅子を使う聞こえない人や、盲ろうなど重複障害の人もいます。自分から情報を得たくてもなかなか難しく、周囲の人との対話のなかで、やっと情報を得られる場合もあります。こうした現状をふまえて、幅広い視点や配慮が求められていくでしょう。以前、親子で参加できる劇場公演の情報保障を担当しましたが、たとえば赤ちゃんの声で役者の音声が聞こえづらくても字幕があれば楽しみ続けられるかもしれない。ある環境下では、情報保障は聞こえる人にとっても有効な手立てとなるのです。コロナ禍をきっかけにオンライン環境が進歩し、遠隔手話通訳や遠隔字幕も徐々に環境が整い、技術的にも進化しています。情報保障の可能性も多様であり、さらにアップデートできる可能性があることを、もっとみんなに知っていただけたらと思います。

令和3年度 障害者等による文化芸術活動推進事業(文化芸術による共生社会の推進を含む)
「〜いつでも、だれでも、どこへでも〜『ミュージアム・アクセス・センター』設立事業」
ヒアリング調査より構成[2021年11月3日/オンライン(Zoom)]

聞き手:みんなでミュージアム プロジェクトメンバー、エイブル・アート・ジャパン
構成:佐藤恵美

※2021年に活動をスタートした「みんなでミュージアム(愛称:みんミ)」は、「人」と「システム」に焦点を当てた2つのワーキンググループを立ち上げ、ヒアリングとインタビューを行いました。これは、調査のなかから、障害当事者や鑑賞の支援者に向けたヒアリングの内容を、編集して紹介するレポートシリーズです。